コラム

命を使う

「それは私の使命だと思っています」「使命感を持ってやり遂げます」、幾多聞くフレーズ。
誰が発する言葉だと思いますか?の問いに多くの人が「政治家の決まり文句かな」と答えそうである。
ほぼ無意味な慣用句的にさえ聞こえるこの言葉、私自身も新卒の入社面接あたりでは特段意識せずに使ったであろう「使命」、改めて考えさせられた事があった。 

2015年、吉田松陰の妹、杉文(すぎふみ)を主人公にしたNHK大河ドラマ「花燃ゆ」の中で、松陰が若い弟子たちに問うたセリフ「君はその命をどう使いますか?」だった。
ご承知の通り、松陰と言えば若くして安政の大獄で処刑されるまで、松下村塾で幕末の志士達を育てた思想家であり教育者である。
ドラマ仕立てに作られたセリフには違いないが、まさに切迫した時代背景と相まって「命をどう使うか」のフレーズは、せいぜいその時々を一生懸命生きてきた程度の形容しかできない私には衝撃的だった。 

同じ頃、部下からの相談で頭を悩ませたのが仕事のやりがいについてであった。
メーカーの中で、開発にも製造にも直接関与しない言わば間接部門の宿命かもしれないが、知的財産の仕事では、自社製品とのダイレクト感が薄くやりがいを感じられない、と言うのである。
つまり「ひとつの開発プロジェクトを終えるとひとつの製品が世に出て顧客評価を得られる」と言うモノづくりのサイクルからの遊離感が問題のようであった。
私自身は、経営戦略部署としての知的財産の仕事は気に入っていたが、私の好みを押し付けてみても仕方ない事。
改めて仕事とやりがいについて考える機会になった。
だれがどんな場合にやりがいを感じ、あるいは感じにくいのか。
乱暴ながら自分なりに出した結論は、文字通りの「使命」の意味、命を使う事とその代償とのバランスではないだろうか、と言うものであった。
金銭的な代償もさることながら、もっと本能的なレベルにあるように思えた。 

私の命はこう使おう、などと考えている人は少ないように思うが、何かに時間をかける、あるいは拘束されると言う事は命を使っている事に他ならない。
これが貴重だからこそ本能的にその代償を求めるのではないか。
そして人が求めるその代償とは、人を助け喜ばれる事ではないのか、との思いが自問自答の解として最も説得力を持つように思われた。 

危機的な現場で人命救助にあたり、救出された人から涙ながらに感謝されている消防士や、何時間もの大手術を成功させ、命を救った患者の家族を安堵させている医師、この人たちにやりがいの疑問が入り込む余地は少なそうだ。
一方、有名企業であっても、人への貢献を間接話法的に説明(例えば、わが社は×××の開発・販売により、世界経済を発展させる事で人類の幸せに貢献している、的な説明)をせざるを得ない場合にはやりがいへの疑問が生じ易いのではないか。 

健全な組織による人への貢献は、組織構成員の命を使った集合値であり、間接話法的であれそれが尊いものである事は確かであろう。
ただ、自分の命を使った分とバランスする人の喜びや感謝に直接触れらないと感じる人達にはどう対応すれば良いのか? 

そこで多くの企業や組織体は、構成員のやりがいに、よりフォーカスしたマネジメント(やりがいマネジメント)が重要になるのではないだろうか。 

組織のマネジメントレベルは基本的に3段階に分かれると言われている。
最初が、未だに最もポピュラーな強制的マネジメント。
懲罰的な要素の強いもので、できなければ減俸、左遷と言った類のもの。
その上が功利的マネジメント。
読んで字の如く、やったらご褒美型のもの。
そして最も進んだマネジメントがビジョン・価値共感型マネジメントである。
どれも太古の昔から存在し、洋の東西を問わず戦乱の時代などには、その組み合わせの妙について幾多の逸話が残っているので、今更ながらの感はあろうが、日本企業では強制的マネジメントレベルからビジョン・価値共感型への進展が遅れていると言われている。
現在の日本の企業は強制的マネジメントと功利的マネジメントの混合レベル(しかもよく見ても強制的マネジメント色の方が強い)ではないだろうか。 

会社のビジョン・価値観は明確で皆が認識している、と自負されている方に自問自答してほしい。
その中で何人が本当に共感しているのか、実践しようとしているのかと。
内容を覚えてさえいない人が多いのではないだろうか。
目的をひとつにしているはずのスポーツチームでさえビジョンや価値の共感は時に難しい事を思うと、ビジョンの設定や説明会、その冊子の配布レベルで何かが出来ているとは思わない方が良さそうである。
本能的なやりがいが、自分の仕事を喜んでくれる人との直接感にあるとしたなら、顧客との接触が間接的な人ほど、自分が関わった仕事の最終形を社会に提供する事の価値に納得しビジョンに共感する事が大事になってくる。
命をどう使うか(使命感)と大上段に構えずとも、命を使っているなるべく多くの人が満足するまで「あなたの命(時間)はこう使われ役に立っている」と説明するのは組織の上に立つ者の責任であり、最も求められるやりがいマネジメント能力なのではないだろうか。 

以前、新幹線の中の冊子で読んだ香川照之(市川中車)氏の書き物にこうあった。
「役者は世の中に必要の無いものだと思っている。だから役者と言う仕事を通して人々にどう貢献できるかを追求し続けるのが私の使命だ」と。
芸能と言う世界で、既に十分世間に貢献していた彼が、使命「命をどう使うか」の表現を持って自分の価値を世に問おうとしている事が衝撃だった。 

最後に、自分が命をどう使うかの視点にもまして大切な事は、自分の周りで起こっている事は全て誰かが命を使ってくれていると言う事である。
できるものなら、その人達への感謝はなるべく近いところで直接伝えたい、との自戒の念を込めて締めくくりたい。

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