潮流 (No.97)

馬場錬成

2018.06.04

日本を追い抜いた中国の科学技術研究と知財制度 (その1)

取材対象がアメリカから中国へ

 

冒頭から筆者の個人的な話になるが、筆者は読売新聞記者として長年、科学技術、研究開発、知的財産などのテーマで取材を続けてきた。このテーマになると、どうしても先進国のアメリカの動向が参考になるので、アメリカでの取材も多く、資料の多くはアメリカの情報を参考にしたものが多かった。

 

この現象は数年前から変化してきた。アメリカの動向よりも中国のそれの方が気になり出したからだ。アメリカは日本より進んでいるので動向を気にするのは当然だが、中国は日本より遅れているから、参考にならないはずだった。それなのに気になり出した。

 

新聞記者の勘だが、中国はすでに科学技術の研究開発で日本を追いついたのではないかと思い始めたのは3年ほど前からだ。きっかけは中国の知財制度の方が、日本よりも魅力ある体制になってきたからだ。科学技術が先行すれば、知的財産でも先行することは当然だ。そうした傍証が、いたるところに現れ始めていた。
追いつかれたと感じたときは、ほとんどの場合、実は追い抜かれた瞬間である。

 

今回のテーマでは、科学技術振興機構(JST)の元理事長で、世界の若者を日本に招聘交流する「さくらサイエンスプラン」を創設した沖村憲樹氏の中国研究の資料などをもとに中国の科学技術研究の現状と知財の動向を書いてみたい。


沖村氏は中国の現状を最もよく知る官僚出身者


沖村氏は2015年に「中国政府友誼賞」と「中華人民共和国国際科学技術合作賞」を受賞した。国家級レベルの大賞を1年間に2つ獲得した日本人として、日本よりも中国で有名になった。沖村氏は旧科学技術庁の官僚として日本の科学技術政策を主導してきたが、JST理事長になってから中国の躍進を感じるようになり、JSTに中国総合研究センターを設置した。

 

その後、日中両国の科学技術分野での交流を積極的に進め、中国の科学技術、大学、研究機関など政府機関の人脈では、日本の官界の中で最も太いルートを開拓した。2018年になってからも「改革開放40年間で最も影響力のある外国人専門家」40人の中に選出されている。40人のうち日本人は沖村氏を含めて3人しかいなかった。

2015年度中国国際科学技術合作(協力)賞受賞した沖村氏(前列右端)

 

 

2017年10月に開催された中国の第19次全国代表大会で習近平国家主席は、「イノベーション文化を提唱し、知的財産の創造、保護、活用を強化する」と明確に将来の方針を語った。
中国の強いところは、国家が決めたことは強力に進める一党独裁国家の政策推進にある。科学技術、知的財産はまさに、この政策テーマにぴったりなのである。

 

中国の強みは「研究基盤は教育にあり」

 

中国が短期間でここまで躍進してきた背景には、教育がしっかりしていることである。途上国として貧しかった時代は、高等教育は先進国に比べてかなり劣っていたが、それでも有能な人材は積極的に海外へ留学生として出してきた。
日本へ来た中国人留学生はみな優秀だった。しかしいまは違う。理由は後述したい。

中国での大学など高等教育への就学率は40パーセントに達しており、大学生の数は、約700万人で人口比と同じで日本の10倍以上である。
それよりも注目したいのは、高等教育機関への投資を増大させていることだ。2016年の高等教育費は、約29兆4000億円で、日本の9兆3000億円の3倍以上になる。中国はこれを中央政府が10パーセント、地方政府が90パーセントを負担している。

 

日中の高等教育機関への投資額

 注:  (1)中国の経費は、普通大学における国家財政投資と大学の収入を含む。
           円換算はOECD 購買力平価により計算されたものである。
       (2)日本の経費は国立、公立、私立の大学及び短大の合計となる。
出典:「文部科学統計要覧(平成29年版)」、 「中国統計局国家統計データ」2005~2017年を基に作成。

 

これを日中主要大学の研究開発経費を比較したのが次の資料である。教育経費は日中ともほぼ同じだが、研究開発経費は中国が優勢になっている。 

 

中国の大学の研究は、実用化を目指したものが多く、基礎研究は少ないのが特徴だ。しかしこれは時代の趨勢にマッチしている。21世紀になってから科学研究は、驚くほどスピードアップしてきたからだ。

 

それは基礎研究の成果が実用化に結び付くまでのタイムラグが、非常に短縮されてきた。ノーベル賞受賞者業績にもみられる。ノーベル賞は基礎研究の成果を対象とした褒賞制度だが、工業技術に近い発明にも授与するようになってきた。青色発光ダイオードの大量生産・実用化に道を開いた日本人3人への物理学賞授与がいい例だ。
実用化を標的にした研究の成果は、最も価値が高い時代になってきたのである。

 

IT化が研究現場に入り込み、研究成果は瞬時にインターネットで世界中に告知される。研究競争は世界同時に進んでいくので、これまでの研究インフラはほとんど関係なくなってきた。
つまりあらゆる研究取り組みが、先進国も後発国も途上国も同じスタート台に立つ状況になってきた。スタート台が同じなら、過去から引き継いできた研究遺産はあまり価値をもたない分野やテーマが増えてきた。アイデア勝負なら状況は同じになる。

 

さらに中国は、集中的に大学に投資する政策をとった。大学への重点投資施策は次の通りである。

   • 「211工程」:
      1993年、世界レベルの大学を目指す。112大学を指定
   • 「985工程」:
      1998年、江沢民が提唱:ハーバード、オックスフォード並みの世界一流大学を目指す。39大学を指定
   • 「二つの一流」大学を指定
      2017年9月21日、中国教育部、財政部、国家発展改革委員会が共同で発表。
      ①世界一流大学及び②一流学科として、①と②の二つを同  時に構築。
     42大学、95学科を指定 

 

こうした大学への重点政策の成果は、多くの大学が最先端の設備機器を備えた世界一流の研究型大学に変貌してきたことだ。
中国と日本の違いは、地域に偏在することなく全中国を網羅する形で多くの大学のテコ入れをはかっている点だ。日本のように旧帝大に研究資源を集めるのではなく、研究資源をばらして競争させる。

 

天才は人口比で出現すると言われている。教育と研究環境さえ整えれば都会も地方も関係なく、広く公平に存在する地頭のいい優秀な人間は芽を出してくる。日本のように大都会の特定の進学校を卒業した人材が、特定の有名大学へ進学するという現象を半面教師にしているように見える。

 

大学のグローバル化では中国が先行
内向きの日本の大学生に比べて中国の大学生たちは、積極的に海外への留学を目指している。特に福建省では、20歳になるまでに一度は海外へ出なければ一人前として認められないという文化があると聞いたことがある。

 

急増する海外留学生と留学帰国者

 

 

2016年の海外へ留学した学生は54万5000人。日本の5万人の10倍である。
一方で留学帰国者は43万3000人であり、この中には国際的にトップクラスと認められている研究者も含まれている。

 

中国留学発展報告(2016)によると、留学する相手国は圧倒的にアメリカが多く、27万4000人、次いでオーストラリアの15万3000人、カナダ9万5000人、そして日本の9万4000人(いずれも2015年)である。

 

留学した国での中国人留学生の評価も上がっている。全米科学財団の発表によると、2015年にアメリカの大学院で博士号を取得した外国人のトップは中国人留学生で4780人、全体の32パーセントを占めている。次いでインド人留学生は2312人、15パーセント、韓国が1286人で8パーセント、日本は8位まで転落し172人、たった1パーセントになった。

 

中国の年配の研究者に聞くと、昔は一番優秀な人間は日本へ留学したというが、今はアメリカだという。2番目に優秀な学生はヨーロッパに留学し、3番目以下は、中国にとどまる。日本ヘは希望者が減っていると聞く。
中国人研究者は「日本へ留学する学生の学力は、平均して昔に比べてかなり落ちている。中国で有名大学に入れなかった学生が、滑り止め感覚で日本へ留学することもあるようだ」と慨嘆した。

 

世界中から留学生を集める中国の大学

2015年に中国の大学に留学している出身国の留学生数が次の表である。

韓国が圧倒的な数であり、日本の5倍近くが中国に留学している。中国の大学は全寮制になっているので、
学生生活が快適である。学生にとって物価も安い。
世界の202国・地域から約40万人の留学生を受け入れている。

 

日本の留学生受け入れ数は18万4000人だから2倍以上の差である。この差は年々広がっており、
中国はアメリカと並んで国際的な人材教育する国になっていくだろう。
(つづく)

 

 

 

 

PAGE TOP